宇都宮地方裁判所 昭和38年(レ)23号 判決 1964年8月06日
控訴人 斎藤芳男
被控訴人 須永新平
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。
被控訴代理人は請求原因として、
一、被控訴人は、その子須永久子所有の建物の内別紙目録<省略>記載の部屋(添付図面<省略>中赤斜線部分、以下本件部屋と言う)を、昭和三四年中に控訴人に対し賃料一ケ月一、八〇〇円毎月末日支払の約で期間の定めなく賃貸した。
二、被控訴人は、本件建物の一部を使用して住居兼店舗とし、薪炭、石油類、味噌、醤油、青果物、雑貨等の販売をしているが、被控訴人は妻の外三人の子供があるため、店舗として使用出来る部分は三坪に過ぎず、業務の拡張に伴い商品の置場と自動車の置場がなく困つている。
一方、控訴人は大工で妻と二人暮しである。
三、そこで、被控訴人は控訴人に対し、昭和三七年五月一五日付内容証明郵便を以つて、自己使用の必要を理由に本件部屋の賃貸借契約解約の申入をなし、右書面は同日控訴人に到違した。
四、よつて、控訴人との賃貸借契約は昭和三七年一一月一五日、解約申入後六ケ月の経過により終了したので、被控訴人は控訴人に対し、本件部屋の明渡と契約終了後明渡に至るまで一ケ月一、八〇〇円の賃料相当の損害金の支払を求める。
と述べ、控訴人の主張事実に対し「否認する。」と答えた。
控訴代理人は、答弁として、
一、請求原因第一項の事実は認める。同第二項の事実中、控訴人方が妻と二人暮しであることは認めるが、その余は不知。同第三項の事実中、被控訴人主張の日、その主張の如き書面が到達したことは認めるが、解約申入の正当事由は否認する。同第四項は争う。
二、被控訴人は自動車置場を作る必要があるというが、自動車の保管場所は必らずしも車庫に限らず空地でもよいのであつて、被控訴人方の附近には空地があるのに、被控訴人はその空地の所有者と貸借につき交渉せず、しかも、被控訴人は第三者に対して、控訴人が気に入らぬから追い出してやるのだと言つていることからみると、それは単に口実に過ぎないものである。更に、被控訴人が従来他に賃貸していた本件部屋の北隣りの四畳半の部屋が昭和三八年九月末に空いたにも拘らず、控訴人にそこへの移転の話もせず、別人に賃貸してしまい、又右部屋の北隣りの部屋も昭和三八年一〇月末から空いているのに控訴人に移転の話がない。
若し、自動車置場を作るため本件部屋が必要であるなら、控訴人を別室に移転させて目的を達することが出来るはずであるのに、それをしないのは、右の理由が口実に過ぎないことを示すものである。
三、仮に、自動車置場を作る必要があるとしても、被控訴人が使用中の道路に面した四畳半の部屋を改造すれば充分である。
四、控訴人は賃借後一回も賃料の支払を怠つたことはなく、賃料の値上にも心よく応じて来たのに、被控訴人は、控訴人に何の話もなく突然内容証明郵便で明渡を通告してき、それ以後現在迄、控訴人のため移転先や移転料につき何の配慮も示さないばかりか、昭和三八年の末には控訴人に対していやがらせや暴力沙汰に及び、更に本件部屋への電燈線を切断する等の事実があり、一方控訴人は労務者で収入も少なく、近辺に移転先を捜しても多額の権利金や敷金、家賃を要し、経済上他に移転することが困難な事情にあるのであつて、被控訴人が前述のように、それ程の必要性もないのに、控訴人を気に入らぬからという理由で明渡を求めるのは権利の濫用である。
と述べた。
証拠<省略>
理由
一、被控訴人と控訴人間に、被控訴人主張の如き賃貸借契約が締結されたこと、昭和三七年五月一五日被控訴人が控訴人に対し自己使用の必要を理由に右契約解約の申入をなしたことは当事者間に争いがない。
二、そこで、解約の申入に正当の事由が存するか否かについて判断する。
原審証人須永センの証言、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果、並びに原審における検証の結果を綜合すると、被控訴人方の建物(但し二棟続き)は別紙図面のように居室一〇室のほか、店舗、物置などがあるが、昭和三七年当時被控訴人は、四畳半の居室三室、店舗、物置、勝手、風呂場を使用しているのみで、その余の居室は他に賃貸していたこと、被控訴人方は夫婦と子供三人の五人家族であつて、炭、石油等燃料類、味噌、醤油、青果物類、雑貨等の販売を業としていて、その営業の用に供する為に、自家用貨物自動車を所有していること、自動車置場を設置するために、現在被控訴人が使用中の表四畳半の間をつぶして店舗とし、且つ現在の店舗の部分及び控訴人が占有中の本件部屋の一部分を車庫に改造することを望んでいること、本件建物の構造から考えると右のように車庫を設置するのが適当であることがそれぞれ認められる。
控訴人はこの点に関し、自動車置場設置の必要は口実に過ぎないものであり、且つ必要ありとしても被控訴人が使用中の道路に面した四畳半の居室を改造すれば充分であると主張する。そして当審証人斎藤サクの証言によれば、(1) 被控訴人方の附近には他人所有の空地があるが、被控訴人はその土地の所有者に対し、該土地を自動車置場として使用することにつき賃借等の交渉をしていないこと、(2) 被控訴人は第三者に対して「控訴人が気に入らぬから追い出してやる」と言つていたことなどの事実が認められる。しかしながら(1) の如く、附近に他人所有の空地があるからといつて、その土地につき先ず賃借方の交渉をすべきであるとは到底言い得ないし、(2) のような事実があつたにしても、それは後記のように双方の感情が悪化した後のことで、そのことから直に自動車置場の設置の必要は口実に過ぎないと断ずるわけにはゆかない。また被控訴人が現に使用中の道路に面した四畳半の居室を改造して自動車置場とすることも考えられない訳ではないが、前述の如く、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果によれば、道路に面した右居室は店舗とすることを予定していて、且つ被控訴人所有の自動車の長さの点からみて、右居室又は現在の店舗の部分だけでは入らないので、その奥の部屋の一部に跨つて車庫を設けざるを得ず、そのためには本件建物の構造間取りの具合からみて本件部屋を必要とすることが認められるから、控訴人の前記主張をもつてしても被控訴人の必要性を妨げる事情とはなり得ない。
ところで、本件解約申入の前後における被控訴人側と控訴人側の関係についてみるに、成立に争いのない甲第一第二号証、同乙第一号証、同乙第二号証の一、二、同乙第三ないし第一八号証、原審証人須永セン、当審証人杉山スイ、原審及び当審証人斎藤サクの各証言、原審及び当審における被控訴人本人、同控訴人本人の各尋問の結果を綜合すると、控訴人方は夫婦二人暮しで、控訴人は労務者として昼間は外で働いており、当初本件部屋を借受けてから昭和三五年暮頃までの間は、家主たる被控訴人側と借主たる控訴人側との間柄は円満であつたが、昭和三六年一月に賃料の支払時期について、被控訴人の妻と控訴人の妻との間に紛争を生じ、その紛争については、数日後第三者の仲介によつて解決を見たが、その時以来控訴人は被控訴人方から商品を全く買わなくなつたこと、昭和三七年五月一五日被控訴人は控訴人に対し、口頭の交渉なく突然、内容証明郵便を以つて解約の申入をなし、これに対して控訴人は直ちに内容証明郵便を以て拒絶の回答をし、双方の感情が次第に疎隔し始めたこと、同年九月頃被控訴人の妻と控訴人の妻との間に口論があつたこと、同年一一月三〇日控訴人が一一月分の賃料、電気料として二、〇〇〇円を被控訴人方へ持参したところ、被控訴人は同月一五日の経過により本件部屋の賃貸借は解約になつたとして、うち一、〇〇〇円を同日までの賃料、電気料として、その余の一、〇〇〇円を損害金として受領したこと、同年一二月分以降は被控訴人において賃料としては受領しないので、控訴人において賃料として供託していること、昭和三八年九月、一〇月頃控訴人使用の北側に接する四畳半及びその北側の四畳の二室が明いたが、これらの部屋は被控訴人の長女が婚姻後にそこに居住させる予定とのことで、右のうち四畳半の居室については期限を切つて他に貸し、従つて右二室が明いていても被控訴人は控訴人にそこへの移転等の交渉をしなかつたこと、同年一一月中旬頃、些細なことから口論となり被控訴人が控訴人の妻を屋外の石塀に押しつけたこと、同年一二月中旬頃、控訴人方のステレオ電蓄の音響が大きすぎると注意したことから双方の感情が悪化し、被控訴人は電気屋を連れて来て控訴人方へ通ずる電燈線を切断し、そのため控訴人側では同年一二月一九日に、被控訴人を暴行侮辱住居侵入教唆器物毀棄罪で宇都宮警察署に告訴するに至つたこと、以上の各事実を認定することができる。
而して以上認定される諸事実、即ち近時の交通事情から、自動車を保有する者はその置場を設置すべきことを法律によつて要請され、被控訴人が控訴人から本件部屋の返還をうけて、そこに自動車置場を設置する必要に迫られていること、一方控訴人側としては、本件部屋の賃料は、その場所からみて比較的安く、同程度の賃料で借りられる部屋を他に求めることは相当困難であるかもしれないが、現今は住宅事情も可成り緩和されており、夫婦二人だけの居住を他に求めることは決して不可能ではないこと、更に被控訴人側と控訴人側間の賃貸借の信頼関係は既に全く破局に達し、このままでは到底同じ屋根の下に板壁を隔てて共同生活を営むことができない状況に立到つていること、などを考慮すると、結局被控訴人と控訴人間の本件部屋の賃貸借は解消せしめざるを得ないものであり、被控訴人の控訴人に対する本件部屋の解約申入は正当の事由があると判断する。従つて、本件の賃貸借契約は、解約申入の日である昭和三七年五月一五日から六ケ月後の同年一一月一五日の経過と共に解約となり終了したものである。
三、よつて、控訴人は被控訴人に対して本件部屋の明渡し義務があり、本件賃貸借契約が解約となつた昭和三七年一一月一六日以降本件部屋明渡まで、該部屋使用により一ケ月一、八〇〇円の賃料相当の損害金の支払義務がある。故に被控訴人の請求を認容した原判決は相当であつて、本件控訴はその理由がないから棄却することとし、控訴費用は民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石沢三千雄 小中信幸 鈴木康之)